第8話「BLACK!!変身」part-E



 仮面プリンセスシルバーXは屋外へ打ち上げられた。
 シルバー十字キックを蹴り上げたサターナの足により、天井を破った向こうを舞い、屋上へと落下したシルバーXを追い、飛び上がってきたサターナが、仰向けに倒れたシルバーXのすぐ前に着地する。
 そこにラニャ・ユアンの顔はない。
 肌を青く染め上げて、ヤギに酷似した角を生やしている。背中には小さな黒い翼を持つ姿は、今までの改造人間を蜘蛛怪人やサソリ怪人と呼ぶのなら、これは悪魔怪人と呼ぶより他に思いつかない。
「えっへぇ? どう? 素敵でしょう?」
 すっ、と。
 悪魔怪人サターナは腕を上げ、拳を天に掲げると、シルバーXの鳩尾目掛けて振り下ろす。そのたった一撃が起こす破壊の規模で、屋上から地上一階にかけての全ての床と天井が打ち抜かれた。
 何枚もの分厚い建材が、鉄骨までへし折りながらいとも容易く、大きさのほとんど等しいシルバーXの身長分の穴が続いている。変身の解けた隼乃には、だから一階から穴の向こうの空を見上げることができるのだった。
「トドメよ?」
 サターナがもう一度腕を上げ、強化衣装のない隼乃に、また同じ威力のパンチを浴びせようとしていた。度重なるダメージに、加えて変身無しの体でそれを受ければ、もう隼乃の命は持たないだろう。
 逃げなければと、体を起こそうと意識するが、いくら背中や肩の筋肉を使っても、どこをどうしても上半身が起き上がらない。霞んだ視界でサターナの顔さえぼやけてくる。急速に意識が沈み、もはやこれまでである悔しさと、あの別れを最後にもう光希には、滝見零にも会えない悲しみに打ちのめされ、隼乃はやがて気を失った。
「…………」
 気絶している隼乃の姿は、あまりの怪我と血の量に、もうこの時点で死体に見える。
「えっへ」
 それをうっとりと眺め、これから滅茶苦茶に壊れて原型の無くなるものを、見納めとばかりにじっくりと脳裏に焼き付ける。初めて仮面プリンセスと殺し合い、お互いに痛みを分かち合った思い出にしばし浸り、できればもっと戦いたかった気持ちや今まで殴り合いを続けた余韻を楽しみ、それから拳を振り下ろす。
 
「待て!」
 
 ぴたりと、サターナの拳が静止した。
 楽しみに水を差され、さすがに不機嫌となるサターナは、不満そうな顔を隠しもせずに、その声の主へと振り向いた。
「もう! パパってば邪魔しないでよ」
 マンモス将軍だった。
 精悍な顔立ちの男は戦闘員を引き連れて、ずかずかと隼乃に歩み寄る。
「サターナ。こいつは本来ならテェフェルの一員。このチャンスにあるべきところへ戻って来てもらう」
「殺した方がいいと思いまーす」
 というサターナの意見がもっともかもしれない。
 しかし、マンモス将軍には考えがあった。
「仮面プリンセスローズブラックが生まれてしまった」
「へぇ? それで?」
「仮面プリンセスだけではない。現在、別世界の征服を行う組織からも、厄介な変身能力の持ち主に関する情報が届いている。そいつらを全て始末するため、戦力は少しでも整えておく方がいい」
 多次元征服が目的である以上、別世界の征服もまた視野に入れる必要がある。邪魔な存在を排除しなければ野望が達成できないのなら、始末するための戦力は必ず欲しい。サターナ一人の頼っては、そのサターナが万が一にも敗れた後はどうするのか。マンモス将軍の立場上はそこまで考えを及ばせていた。
「気に入らないわ。パパには私だけいればいいでしょう?」
 サターナは知っている。
 この男は隼乃を仲間だと思っていた。大多数を踏みにじり、少数だけを幸せにする仕組みのユートピアで、幸せを分かち合う一人に数えていた。どうせマンモス将軍は、もっともらしい考えを理由にして、情に流されているだけなのだ。
 ……許せない。
 パパの愛情が自分以外にも向けられるだなんて、やっぱり隼乃には死んで欲しい。
 その腹の立った気持ちを晴らそうと、サターナは再び拳を握り締め、次のパンチを放つ相手はなんと――。
 
 サターナはマンモス将軍を殴ろうとしていた。
 
 気に入らない、気に入らない――矛先をマンモス将軍に向けることで、サターナはそんな風に気持ちをわかってもらおうとしているのだ。
 全身全霊の威力を宿し、鋭く放つ拳がマンモス将軍への顔へと迫る。
 
「!」
 
 それは驚愕の表情。
 咄嗟に怪人の姿を見せ、キングマンモスとなっては平手に受け止め、あれだけの破壊を可能とするサターナのパンチをあまりにもあっさりと無力化していた。サターナの拳とキングマンモスの平手が接触して、握り止めるようにされる瞬間から、宿していたはずの威力がどこかへ立ち消え、ただの無力な腕と化していた。
 ごく普通の、どこにでもいる十六歳少女に打てる程度のパンチへと、強制的に威力を落とされているのだった。
「わかった。隼乃の脳改造が終わったら、別世界の組織に送る手筈としよう。三人目の仮面プリンセスに差し向ける刺客としてはシルバーXが最上だ」
 マンモス将軍は元の人間の姿に戻り、握っていたサターナの拳から手を下す。
「……三人目?」
 サターナもまた、怪人から人間体へと立ち戻り、可愛らしいつぶらな瞳で見上げていた。
「幸い、奴はまだここに一ノ瀬隼乃がいると知らない。今のうちに悪に染め上げ、三人目も倒してこちら側に引きずり込む。可能であれば南条光希も」
「ふーん。ま、いいわ」
 どこか納得しない顔で、それでも納得しておくサターナ。
「連れて行けい!」
 マンモス将軍の指示を受け、一人の戦闘員が隼乃を肩に担ぎ上げた。
 
     ††
 
 ついに南条光希は変身した。
 しかし、時を同じくして一ノ瀬隼乃は、テェフェルに連れ去られてしまうのだ。
 危うし! 一ノ瀬隼乃!