第3話「傷つけられたヒーロー」part-B



 一ノ瀬隼乃の精神は不安定だった。
 まず一つとして上げられるのはストレスだ。
 十三歳の頃に改造手術を受け、普通の人間ではなくなってからというもの、外面上は脳に洗脳チップを移植され、怪人誰もが隼乃は悪の一員だと信じていた。実際は全く異なるチップを埋め込み、脳機能向上という名の別の脳改造を受けたわけだが、その真実を知るのは、執行者である父親と隼乃本人のみである。
 この事実がバレてはならない。
 悪の喜びを覚え、悪の手先に加わった設定でなくてはならない。
 テェフェルの一員に選ばれて、晴れて裏切っても構わないタイミングが訪れるまでの三年間は、隠し続ける生活を行っていた。さも悪の一員となったフリをして、本当はバレていないか、もしまたバレたらどうなるか。不安や恐怖の日々で隼乃は、どこかおかしくなっていた。
 しかもそれは、母親の生首を見せられて、同じ学校の生徒だった死体に釘を打ちつけ続ける作業をやらされて、それからロクに期間も空けずに改造手術だ。
 脳機能の向上は記憶力さえも跳ね上げて、風景の瞬間記憶といったことも可能だが、その弊害として忘れたいことも忘れられない。当時まだ新鮮だったトラウマ的映像の数々さえ、未だに脳裏に強く残されているのだ。
 心的外傷に対する措置などなく、精神的な負担やストレスが溜まる一方の毎日は、せいぜい格闘術を学んで体を動かす時でしか、まともな発散の機会はなかった。そして、たかが運動による解消は、気休め程度にしかトラウマを和らげてはいなかった。
 いざ裏切り、怪人相手に暴れるのは心地よかった。
 それは今までの全てからの解放を意味していたからだ。
 しかし、別世界である以上は隼乃の居場所がどこにもない。隼乃のことを知っている人間が世界のどこにも存在しない。そのために猛烈な孤独感に襲われて、それが再び隼乃の精神を蝕むものとなり、それでも運良く光希に出会えた癒しはあったが――百合子から人殺しの言葉を受けた。
 ――人殺し!
 正面からそんなことを言われたショックはおろか、過去に浴びせられた呪いの言葉と、この手で磔の死体を並べさせられたトラウマが一瞬にして蘇り、隼乃の心は一瞬にして陰鬱な黒に侵食された。
 怪人とは、元は普通の人間だ。あえて怪物に姿を変え、自分は人間を越えた存在になったのだという特有の価値観から、怪人は人々を殺し、蔑み、支配する。そういう怪人の価値観を共有しうる人間だけが、怪人に選ばれるのだ。
 だから、世界征服を阻止する目的はどうあれ、人殺しなのは違いない。いざそれを声に出して叫ばれると、それは大きな衝撃となって心を揺らす。
 気がついたら、あの場から隼乃は走り出していた。
 どこへ向かっているのか。どこに行きたいのか。どこで立ち止まればいいのかさえ、隼乃自身にはわからない。
 ただ、ただ、走った。
 改造された肉体が、やっとのことで息切れの予兆を見せ、少しでも疲れが見え隠れしたところで、やっとのことで立ち止まった。
 ……海があった。
 どこかの砂浜まで来てしまったらしい。
 延々と続く青い海の水面は、太陽の光を一心に浴びて、大海原に輝きを散りばめている。その波が砂浜へ押し寄せると、危うく靴が濡れそうなところまで水が来て、ただちに波は奥へと引いていく。
 波からなる水音が、何となく心地よくて耳を癒した。
 ずっと目を閉ざして、隼乃は海の音に集中した。
 そういえば、知識の上では知っていた海であるが、実物を見るのは初めてだ。怪魔次元においては旅行などという贅沢はまずできない。そんなことより今月の食費、今の状況でどのくらい生きていけるか。そういう切羽詰まったことばかりで頭がいっぱいで、海へ行きたいだの山へ行きたいだの、まず考えたことさえなかった。
 ……戦いたくない。
 ふと、そんな思いがよぎっていた。
 どうせ次元を移動するのなら、多次元征服の手が届かない、どこか人知れぬ世界へ行き、そこで密かに平和に……いや、駄目だ。そんなことをしたって、多次元征服の手が広まれば、どこの世界がどんなに平和であろうとも、それはいずれ破られるのだ。
 多次元征服の悪からは逃げられない。
 死んで別の世界に生まれ変わることができたとしても、人々に奴隷番号を振り、自分達の都合のためだけに人間を消費する怪人主義社会は追ってくる。大元である大皇帝を討つ日が来るまでずっと、全ての複数世界は悪に征服される可能性を孕んでいる。
 どこまでも、どこまでも、次元を超えて追ってくる。
 考えれば考えるほど、自分がどれだけ固い鎖に繋がれて、人間としての自由を奪われているのか実感せずにいられなかった。
 どうすれば……どうすればいい……。
 たった一人で勝てるわけがない。
 テェフェルだって、数多くある組織の一つにすぎず、この世界の征服を阻止したところでまた次があるのだ。
 暗い考えに頭を染めると、不意に前触れもなく、しつこいフラッシュバックが脳に沸き、いつまでも百合子の声が隼乃を蝕む。
 ――人殺し! 
 それは傷に塩を塗る言葉といえた。ただでさえ精神的な傷口を持つ隼乃にとって、人を傷つける内容の言葉はよく染みた。
 戦いたくない。戦いからは逃げられない。
 だけど、戦ってもああいうことを言われてしまう。
 自分が何のために生きているのかわからない。いつか平和な生活ができたとしても、とっくに母親はこの世にいないし、親友だった滝見零も生死不明で、たとえ生きていようとまともな運命は辿っていない。
 だったら、平和を守る意味は……。
 いや、許せないはずではなかったのか。巨大な悪が。だけど勝ち目は……。
「ふふふっ、はははは! はははははは!」
 急に笑いが溢れてきた。
 何がおかしくて、何が面白くて笑っているのか。自分でもわからないが、とにかく隼乃は笑い続けて、それから急に笑いがやんだ。
 それこそ、急にスイッチが切れたように笑いは消え、代わりに涙がこぼれていた。両目から溢れた滴が頬を伝って、顎の先から砂浜へと、流れ落ちていた。
 その時だった。
 
「一ノ瀬隼乃」
 
 急な男の声に振り向くと、そこには雄々しい顔立ちの彼がいた。
「……マンモス将軍」
「戻って来い。テェフェルがお前の居場所だ」
 マンモス将軍は無防備だった。
 この男は確かに強い。
 しかし、幹部の座にある怪人が、護衛はおろか戦闘員さえ連れることなく、正真正銘のたった一人で隼乃の前に姿を曝け出していた。
 それを簡単に例えるなら、国を統べる立場の政治家が、テロリストの前においそれと顔を出してやるも同然の行為といえる。万が一にもこの場で隼乃が戦って、隼乃が勝つともなれば、テェフェルの組織機能は大きな打撃を受けることになるのだ。
 
     ††
 
 喫茶店を離れ、さらに百合子が翼から紹介されたのは、怪人に弟を殺されたらしい一人の女子高生だった。
「私……私の見ていた前で……!」
 すぐに彼女は泣き崩れた。
 いかに残酷に血祭りに上げ、その尊厳を踏みにじったのか。涙に怒りを混ぜて語った彼女は、百合子に弟がいる様子を見て、とても真剣にこう言った。
「だから、あなたはちゃんと弟を守ってあげなくちゃ駄目! あんな酷いやつらなんかに好きにさせちゃいけないの!」
 熱い言葉に胸打たれ、姉としての使命を刺激され、百合子は強く茂の手を握った。
 もし、自分が弟を失う立場だったら、一体どれだけの想いがするだろう。
 だから、やろう。誰かがテェフェルと戦わなければならない。
 自分がその一人になるのだ。
「これから会合を開く。まあ会合と言っても、ひとまずは被害者の会ってところだけどね」
 百合子の翼に対する信頼はますます強まる。
 これが、テェフェルの手口なのだ。
 
     ††
 
 そして、黒井川茂が抱く百合子への気持ちは、ここでさすがに変化していた。
 翼と、名前も知らない女子高生と、茂に百合子。
 この四人で町外れまで移動して、若干人通りの少ない寂しい路地に出ていくと、予め停められていた黒い車が、四人の到着に合わせてドアを開く。
 
 ――お姉ちゃんが連れて行かれる。
 
 きっと怪人に違いない男が、百合子を騙して連れ去ろうとあらば、さしもの茂も怖くてたまらなくなってきて、どうにか百合子を止めようと考えていた。
「おねえちゃん。かえろう?」
 立ち止まり、百合子に握られた腕を引っ張り、幼い知恵で急に帰ろうと言い出すことで、百合子を車に乗せまいとした。
「駄目よ。これから大事な話があるんだから」
「いっちゃだめ!」
「あのね、茂。あなたにも関係があるのよ?」
 必死に叫ぶ茂に対して、説教めいた顔の百合子だ。
 こうなったら、自分がどこかへ消え去るしかない。遠くへ逃げて街中で迷子になって、そうすれば弟を探さなくてはならない百合子が、怪しい人間の用意した怪しい車に乗ってしまうことを阻止できるはず。
 たった四歳にすぎない茂に浮かび上がる考えといったら、そんなものだった。
 茂はそれを実行しようとした。
「待ちなさい! 茂!」
 しかし、その迷子にならないため、さきほどからずっと握られ続けていた手は、茂るの幼い腕力では振りほどけない。振りほどくどころか、逃げようとした茂を逃がさないため、ますます握力が込められていた。
「やだ! やだ!」
「茂!」
 それはもう、手のかかる面倒な弟と、どうにか言い聞かせようとする姉の図式としか見えない光景だった。
 だが、茂の思いは切実なのだ。
 姉を連れて行かれたくない。翼がテェフェルの一員だと百合子は気づいていない。だから自分がどうにかするしかない。
 使命にかられ、本当に必死だった。
 
「茂くん! 百合子さん!」
 
 南条光希だ!
 バイクに跨る白ジャケットの光希が、指貫グローブを嵌めた両手をハンドルから離し、軽やかにヘルメットを外して降りてくる。
 茂にとって、これ以上ない救いの神だ。
 怪人を倒したのは隼乃だが、戦闘員に捕まった自分や百合子をより直接的に助けたのは、あの人数をあっというまに制圧する強さを茂の目の前で披露した光希である。茂の中での光希の位置は、ヒーロー番組に登場する格好いいお兄さんと同格だった。
「かいじん! おねえちゃんが!」
 すぐに翼を指差して、百合子がテェフェルに連れて行かれると、そうなる危機にあるのだと伝えるために叫んでいた。
 すると、光希に浮かぶ鬼気迫る形相。
 ――伝わった!
 長い足のリーチで駆け、今に茂達を救おうと光希は迫る。
 だが――。
「しょうがねぇなぁ……」
 そうなった途端、今まで紳士的な振る舞いだった翼は、急に力ずくで百合子を押し込み、茂さえも投げ込まんばかりに扱った。
 翼が助手席に乗り込むと、すぐに車は出てしまう。
「待てェ! 貴様らテェフェルかァ!」
 車が出るや、光希は即座にバイクへ駆け戻り、追跡を開始していた。
 後部座席に喰らいつき、光希が自分達の車に追いついてくれることを必死に祈る茂は、ガラス越しのバイクを懸命に見守った。
 どうか助けて欲しい。
 蝙蝠翼をやっつけて、百合子の目を覚まさせて欲しい。
「あの、どういうことですか? どうしてこんな逃げるみたいな……」
 未だに真相に気づかない百合子は、助手席の翼にそっと尋ねる。
 すると……。
「こういうことだ」
 やけにいやらしく、楽しげでたまらない邪悪な表情を浮かべた翼は、ここに来て怪人としての正体を曝け出す。
 スーツの内側で両腕が明らかに変形して、内側から衣服を破るかのように骨が発達する。髪が頭皮に埋まって沈むかのように毛がなくなり、皮膚も焦げた茶色に変化して、みるみるうちに全く異なる身体形状へと変化していく。
 それはコウモリ怪人だった。
「俺はコウモキュラスなのだ」
「そんな! だ、だって……!」
「いいねぇ、その顔すっごくいい! 俺さ、大好きなんだ。こうやって信じさせてから裏切るのがもう楽しくて楽しくてたまらない! そうやって上げて落とす! 人の心を床に叩きつけるみたいで気持ちいいんだ! 本当は被害者の集まる現場で種明かしってつもりでいたけど、どう? 俺の正体。イケてるでしょ!」
「そんな……! そんな――私は……!」
 狼狽する百合子は、ただ震えた声ばかりを上げていた。
 その隣で、怪人の姿を出すのはコウモキュラスだけではなかった。
「俺はカニサソリだ」
 同じ後部座席で、茂の隣に座った女子高生が、セーラー服を身につけたサソリ怪人へと姿を変えていた。
 頭部のつむじあたりから、サソリの持つ特有の尻尾をまるでポニーテールの尾か何かのように垂らしている。全身を覆う装甲と、ハサミの色にかかった赤みは、スーパーの売り場に並ぶカニの色合いを彷彿させた。
「実は君に言わせたかったんだー。百合子さん。あんたみたいな一般人から、一ノ瀬隼乃に対して、人殺し! みたいな台詞をさ!」
 わざとらしいまでに、コウモキュラスは美形だった蝙蝠翼の爽やかさを振舞に乗せる。
「つまり一ノ瀬への嫌がらせだ。我らテェフェルに楯突く一ノ瀬隼乃の精神を追い詰め、腑抜けに変えて殺しやすくするための道具として、お前が選ばれたということだ」
 と、カニサソリ。
「最初っから弟を信じてあげればよかったねぇぇ?」
「所詮は頭の緩いバカ女だ。さしずめ蝙蝠翼のルックスでイチコロだったんだろう」
 怪人は二人して百合子を笑う。
 それだけ馬鹿にされて、やっと全てに気づいた百合子は、急にスイッチが入ったように騒ぎ立て、喚き始めた。
「お、下ろしてください! お願い下ろして!」
「馬鹿め! 今更遅いわ!」
「……ひっ!」
 カニサソリの持つ鋭利な先端が、喉元へ突きつけられることにより、百合子は即座に全ての声を引っ込めた。
「さらに言うとね。百合子さん、君にも適正体質があるんだよ」
「……わ、私に?」
「だからテェフェルは君を狙った。隼乃は君を守ろうとした。その君が本物の一ノ瀬隼乃に対して暴言を放つ。あいつは精神不安定なはずと推定されているから、あわよくば一ノ瀬隼乃に腑抜けになってもらおうとする作戦だったわけ」
「わ、私……私は……!」
 全ての自分の罪に気づいた百合子は、目の前にいる二体もの怪人への恐怖もあって、完全なパニック状態に陥っていた。
 
     ††
 
 昨日から隼乃を探し続けていた南条光希が、茂と百合子の現場に行き会ったのは、全くの偶然といえた。
 茂の様子は明らかにおかしかった。
 何かを必死に訴える表情で、懸命に男を指して叫ぶ姿に確信して、車の追跡に至っていた。
 このまま追いついて、どうやって二人を助ける。世のアクション映画の中には、車を使ったスタントシーンは数あれど、そこにスタントマンをわざわざ殺そうとする意志はない。危険な撮影だから、結果的に事故や怪我の可能性があるだけだ。
 しかし、そこにいる怪人達は容赦なく光希の命を狙うだろう。
 それとも、光希の身柄確保を狙うとするなら、殺されるとは限らないが、そうだとしても身の安全がどの程度保障されるかは未知数だ。怪人を生み出すような技術力からすれば、手足の一本くらいは、どうせ治せるから千切り取られてもおかしくない予感がしなくもない。
 それほどの危険を想定して、二人を本当に救出する目的のアクションに挑戦しなければならないことになる。
 ならば、そのアクション構成はどうあるべきか。
 頭の中に流れを構築しつつあった光希は、不意に運転席の窓から突き出される戦闘員の腕を見て戦慄した。
 どうやら戦闘員が運転らしいが、そんなことは問題じゃない。
 ――爆弾だ。
 手榴弾のようにピンを外して投げるのであろう小型爆弾が、戦闘員の黒い腕から路上に落とされ、それは何度かの軽いバウンドと共に光希のバイクに迫って来る。
 まずい!
 危機を悟った光希は、すぐに速度を落としてブレーキをかけながら、ドリフト走行のように車体を滑らせ、強引な減速によって回避を試みる。さらに転倒しても構わない勢いで傾けて、バイクシートを蹴った光希は、飛び込むように地面に伏せた。
 危うくのところで、爆弾はほんの数メートル先で炎を巻き上げ、熱を帯びた爆風が光希の背中を撫でていた。
 その爆炎が晴れたときには、当然のように車は消えていた。
 幾人もの戦闘員を残して――。
「イー!」「ギー!」「ケイィィッ!」
 足止めのつもりなのだろう。
 それぞれの掛け声を上げ、剣を片手に迫り来る四人組は、一・二・一の菱形の陣形を成している。戦闘の攻撃を右に避けても左に避けても、中列の二人が追撃を繰り出すに違いない。一人の動きに応じても、その最中にまた別の敵が襲って来るのが集団戦だ。
「お前達の相手をしている暇はない!」
 光希は上半身の角度を使ったボディフェイント駆使して、相手の視界を誘導するなり、すぐに視界の外へ飛び出した。相手にとっては、光希が瞬間移動でも身につけて、急に背後を取ったかに感じるだろう。種を明かせばくの字を成すステップ移動で地面を蹴ったに過ぎず、そうして光希は一人目の戦闘員と背中合わせに立っていた。
「イッ!」「イイッ!」
 案の定というべき二人組の攻撃は、二方向から串刺しにしようとしてくるものだ。そうと見切った時点で既にしゃがみ始めていることで、素早く腰を落とした頃には、その一瞬で同時に三人の戦闘員が倒れる流れとなった。
 光希がしゃがんで剣を避ければ、二人分の剣が後ろへ行く――光希の背後、先陣を切った一人目の背中に日本分の切っ先が突き刺さっていた。
 そして、光希は単に避けるだけでなく、わずかに前へと重心を移動していた。腰を落とす動作に乗せた威力のパンチが、両手で同時に放つ二つの拳が、二人の戦闘員の腹に深々と埋まっていたのだ。
 戦闘員が普通の人間かは知らないが、拳を当てた皮膚感覚からすれば、この手の向こう側には確かに内臓があり、内部までダメージを及ばせたことが光希にはわかる。拳を引き抜けば二人の戦闘員は、腹痛でたまらないかのように二人して腹を抱え、呻くばかりで反撃はおろか逃げることさえできずにいる。
 光希はもはや二人を気にも止めずに、その二人のあいだをゆったりと通り抜け、残る一人へと向かっていく。
「さあ言え! 百合子さんをどこへ連れて行った!」
 通りすがる直前に、ついでのように両腕で手刀を繰り出し、二人のうなじをそれぞれ打ってトドメを刺す。
 これで最後の一人は、完全に戦意を喪失していた。
「し、知らない……!」
「知らない? なら隼乃は」
「知ら――」
「何一つ知らないとは言わせないぞ!」
 光希は駆けた。戦闘員を殴るため、情報を吐かせるため、全力で向かっていった。
「――ひっ! イギィッ!」
 戦闘員は怯んでいた。
 その怯む一瞬を利用して、逃げるなり反撃なりに移っていれば、まだしも別の結果になった可能性はあっただろう。光希にとっては相手がほんの〇.一秒足らず怯んだことさえ隙であり、走る足が射程範囲に入る時には、正拳突きを出すための腰の回転に移っていた。
「トゥア!」
 軸足はかかとを浮かせ、まるでジャンプしながら打つかのパンチは、全体重を丸ごとぶつける威力となる。鍛えている光希の筋肉量は、言うまでもなく一般の女子高校生よりも体重を増しており、さらに助走による速力まで乗った威力は、どんな巨漢の男も当てれば一撃。
 悲鳴が上がった。
「ギィィィ!」
 傍から見ている目撃者がいれば、きっと光希を改造人間か何かと勘違いするだろう。あくまで普通の人間を越えないパンチだが、それでも戦闘員は面白いほどに吹き飛んで、一メートル先の地面に背中をぶつけて沈んでいた。
 それを光希は逃がさない。
「さあ言え! 言うんだ!」
 胸倉を掴み、力ずくで立たせた光希は、さらに一発頬を殴って、何か少しでも情報を吐かせようと苦心した。
 やがて、戦闘員がその口からこぼすのは――。