第4話「嵐!稲妻!大変化!」part-D
自分が誰を罵ってしまったのか。
黒井川百合子の口から「人殺し」と言わせることこそ狙いであり、怪人だったサラセニードルがわざと人間の姿で死んだのは、言ってみれば命を張った嫌がらせであったのだと、後から教えてもらった話だ。疑うのも無理はないとの慰めは光希からで、しかし隼乃はその後一度として百合子に顔を見せていない。
きっと当然なのだろう。
他でもない隼乃こそが本当の命の恩人で、おまけに弟まで助けてもらっている。茂とこうして今まで通り一緒にいられるのも、隼乃がいてくれたからこそだ。
お礼がしたい、お詫びがしたい。
そんな百合子にとって、幼稚園の送り迎えで茂を連れて帰る途中で、どういうわけか子供連れの隼乃を見かけたのは、望むべくもないチャンスと言えた。
「あ! シルバーXだ!」
四歳児の茂がすっかり隼乃に夢中になり、実は隠れてシルバーXの絵を描いていると知ったら、隼乃は一体どんな顔をするだろう。女の人が好きだとバレるのが照れくさくてか、ベッドの下に他の絵と一緒にして隠しているが、残念ながら百合子にはバレバレだ。
しかし、そんな照れや恥じらいも、本人を前にすると吹き飛ぶのだろうか。
「シルバーX!」
茂は迷わず駆け寄っていた。
「し、茂くん!?」
駆け寄って来る茂を前にして、隼乃は慌てたような引き攣った顔をして困り果てていた。
「へんしん! へんしんしてみせて!」
「何を言っているんだ。今はその時ではない」
「だめ?」
「駄目だ。消費エネルギーは自動的に回復するが、無駄遣いはしないにこしたことはない」
二人のそんなやり取りを見て、より困惑した表情を浮かべているのは、小学生の男子と幼稚園児の男の子だ。兄弟なのか手を繋ぎ、今まで隼乃と何の話をしていたのか。
「え? 変身できるの?」
男児の方が疑いながら尋ねると、隼乃は余計に引き攣った顔をして、そんな隼乃を他所に茂が勝手に答えてしまう。
「できるよ! みたもん!」
「本当に?」
「テェフェルからおねえちゃんをたすけてくれた!」
事実は事実だが、普通の人の前で口走れば、頭を打ったか夢でも見たか、病院へ行くべきかと心配されかねない内容だ。
しかし、それこそが怪物の恐怖である。
悪意の化け物が存在するだけでも恐ろしいのに、そのさらなる脅威は誰にも信じれもらえない点にある。テェフェルだの悪の組織だの、言葉にすれば馬鹿馬鹿しくなるからこそ、誰もまともには受け合わない。
あのテェフェルという組織は、きっとそれ自体を織り込み済みの存在だ。
だから百合子は尋ねることにした。
「お二人は兄弟?」
と、お兄さんらしき方へ問いかけた。
「うん。まあ……」
「ひょっとしてなんですけど、普通は誰にも信じてもらえないような、とても困ったことに巻き込まれていませんか?」
「えっ……!? あ、はい!」
意外そうな驚いた顔をして兄は頷き、すぐに説明してくれた。お化けマンションに仕掛けたビデオで偶然怪人を撮ってしまい、その怪人がカメラを指して次はお前達だと宣言した。次の日には本当に友達が消えたから、隼乃は兄からその証拠の映像を見せてもらうつもりらしい。
「大丈夫よ。このお姉さんはとても強くて頼りになるんです。私も助けてもらいましたから」
「本当なの?」
「ええ、本当です。だからこの人に任せてあげて?」
そう言って聞かせてやった。
傍目からして、どこか隼乃を完全には信じきれていない、だけど隼乃に迫られ困っている様子に見えたので、百合子としてはそうするべき状況なのだと思っていた。
けれど、もっと他にも問題があったらしい。
「霧雨……」
弟の方がいじけた風にヒーローの名前を呟いている。
ああ、光希が男役で演じたあれだ。
「このお姉さんは霧雨さんの知り合いなのよ?」
「いなかったもん。この人」
テレビ本編や映画には、こんな人は登場していないという意味なのだろうか。
「あのね。二人はつい最近知り合ったの。だから大丈夫よ?」
それは嘘であって嘘ではない。
光希と隼乃の出会いはまだ最近だ。
「そう……」
どこか落ち込んで、納得もしていない反応だ。
ひょっとして、電刃忍者霧雨が大好きだから、あの格好いいお兄さんの方が良い。お姉さんじゃなくてお兄さんに助けて欲しい。そういったところだろうか。
「とにかくビデオは持ってきますんで」
兄はそう言う。
そう言って、兄がビデオを取りに行き、残った隼乃は百合子に向かって尋ねてきた。
「この霧雨へのこだわりは何だろうか」
実に真面目に、真顔で尋ねてきたのだった。
††
結局のところ、百合子から隼乃に伝えてやれたのは、何と言うか子供はそういうものだということで、それ以上の気の効いた言葉は浮かんでも来なかった。
ならば隼乃も、もう興味がないような顔をして、映像を確認するにバイクに跨り、さっさと戦いに出かけてしまった。
さて、こうなると百合子が二人の様子を見ることになる。
いきなり変身について語るのは急すぎるが、あのお姉さんはテェフェルと戦う人間で、怪人に対抗できる力を持っていること。自分がどんなことに巻き込まれ、いかにして救われたのかと語って聞かせると、ようやく次郎も心を開き始めていた。
「本当なんですね。色々と信じられませんけど、俺だってあの映像でしか見てないし……」
「だけど、映るはずがないんでしょう?」
「はい。着ぐるみだったら、体が透けるとかありえないし、CGなんかやろうと思ったことすらないし、本当にあんな映像が出来る理由がなくて……」
二人はそうして、公園のベンチに座っていた。
そんな二人の前では五郎と茂が喋っている。自分は隼乃の変身を目撃して、それは仮面プリンセスシルバーXなんだと語る茂と、雷道霧破が大好きで大好きで、あのお姉さんよりも霧雨の方がよくてたまらない五郎である。
シルバーXを知って欲しい茂と、見たことも聞いたこともない名前を押し付けられている五郎では、残念ながら噛み合うはずもない。
喧嘩というほどではないが、素直に仲良くする様子とも言い難い。
大丈夫なのだろうかと、少し心配になって見守る百合子は、そういえばこの公園に広がる奇妙な空気に気がついた。
……なんだろう?
粘ついた何かを大気全体に混ぜ込んで、蒸れた湿気のように肌に張り付く感覚は、自分が普通ではない場所にいる気持ちになる。この公園や外側にある景色も、小さい頃から見慣れたものなのに、まるで遊具や住宅風景だけをそっくり真似て、外見では見分けがつかないだけの全く異なる土地に迷い込んだかのような、この奇妙な感覚はなんだろう。
どうしてそんな気分になるのかわからない。気のせいに決まっているこの感じは、さして深く考えるべきものではないのだろうと、百合子はこれを頭の外へ払いのけようとしていた。
しかし、公園の外にトラックがすーっと停まる。
そこにある引っ越し業者のマークを見ただけでは、特に不思議に思うことはなかった。
そう、それだけなら――。
まるで内側からの破裂のような勢いで、荷台の戸が勢いよく開け放たれると同時に戦闘員が湧き出して、百合子はたちまち戦慄した。
「に、逃げるのよ!」
恐怖とパニックの中で、咄嗟にそう言えただけで上出来だった。
慌てた頭でどうにか茂と五郎の手を引っ張り、戦闘員の群れが来るのとは逆方向に駆けて行く。逃げ切るだけの足さえあれば、それでどうにかなっただろう。パニックにしては上々するぎるほどの判断の速さといえた。
だが、この場に揃う四人は文字通りの女子供で、高校生でありながらアクションに秀でたり、まして改造手術で強化された肉体を持つわけでもない。戦闘員と渡り合える理由を何一つ持たない百合子は、逃げることさえ叶わずに囲まれた。
追って来る集団がY字のように二手に分かれ、左右から百合子達を追い抜いて、ぐるりと取り囲んでしまう包囲を前に、もう何も出来ることがなくなった。
だが、突如。
「やめろォ!」
バイクエンジンと共に上がったその声は、女としてはあまりにも凛々しかった。あるいは中性的な男の声とも聞き間違えそうなほど、濁音じみた太さもあった。
――南条光希だ。
いや、違う。
以前、茂を連れて観に行ったことのある劇場版で、その主人公が着ていた忍者装束の撮影衣装の姿は光希であって光希じゃない。
「雷道霧破だ!」
五郎が嬉々として彼を指す。
霧破のバイクに突っ込まれ、集団の一部分、包囲網の一箇所が、海を割るように左右に広がり、霧破はそこから百合子達の前に停まって飛び降りる。脱ぎ捨てるヘルメットは戦闘員を狙い投げつけ、剣を片手に迫る相手にも素早く応じる。
どのような格闘術を使ったのか。
手業の速度を百合子の動体視力では追いきれない。ただ振り下ろされる剣に対して、霧破の方も腕を出し、相手の手首を掴んで絡め取ったと思ったら、もうそのすぐに剣は霧破の手に移っていた。
「稲妻流正統! 雷道霧破!」
すぐにこの場は、霧破が見栄えのよい剣術アクションを披露するための現場と化した。
霧破のことを完全に殺すつもりで、折込済みのアクション通りに襲ってくれる戦闘員などここには一人もいないというのに、霧破はまるでわかっているかのように剣を振る。
霧破の刃と敵の刃が絡み合い、たった一瞬押し合って、その次の瞬間から急に相手が転んだのは、足技で相手のバランスを崩したからか。そして、そうなることを知っていた勢いで、相手が実際に転び始めるよりもやや早く、霧破はもうそこに背中を向け、別の方向から来る戦闘員に応じていた。
二人同時の剣戟が迫っても、霧破の剣速は二人分の斬撃という斬撃を受けきって、やがては霧破の剣こそが相手二人の肉体に届いていた。
後ろから斬り殺そうとした戦闘員が、風の一瞬のように振り向くだけで斬り倒される。
顔面を串刺しにしようとする突きから、後ろへ一歩下がっただけで剣のリーチが届かない位置に立ち、逆にかわして踏み込んだ。
凄い、勝てる。
これで自分達は助かるのだと、百合子は一転して希望を抱いた。
しかし、それは打ち破られた。
「雷道霧破! これを見ろォ!」
甲高い声があった。
極限まで裏返してみたような、高すぎるほどに高い声が響くなり、きっと全員が同時に同じ方向へと振り向いていた。
トラックの屋根の上にはクラゲ怪人がいた。
「五郎くん!」
咄嗟に叫ぶ霧破。
そこには五郎が人質として、霧破の活躍に目を奪われていた百合子の知らないうちに、本当にいつの間にかあんなところで捕まっている。次郎や茂でさえ、五郎が捕まる瞬間を見ていなかった様子でオロオロしていた。
「五郎は連れて行ィィィく! 一ノ瀬隼乃には『灯台』という言葉でも伝えることだ!」
「何ッ!? 灯台!?」
「雷道霧破! また会おうぜ!」
クラゲ怪人がそんなことを言い出して、その途端にトラックは走り出す。
「しまった……!」
霧破はすぐに追おうとしていた。
迷いなくバイクに跨り、ヘルメットまで拾い直して、あまりにも当然のように霧破は追跡の姿勢を見せていた。
「あ、相手は本物で……!」
次郎だった。
「向こうは本物で、雷道霧破は俳優がやってる役で、なのに勝ち目なんて……!」
当たり前の疑問が叫ばれていた。
そうだ、無茶ではないのか。変身できるのは隼乃の方で、確かに南条光希はまともな人間の中では超人かもしれないが、いくらなんでも怪人は相手が悪い。
「次郎くん」
やはり、そこに光希はいない。
あくまでも『雷道霧破』の口から、彼女ではなく『彼』の口から、とても優しい、どこか静かに諭してやるような声が吐き出されていた。
「五郎くんはそうは思っていない」
「でも、なんで――」
百合子にはわかった。
次郎が思わず叫んでいるのは、どうしてただの役者が怪人を追おうとするかじゃない。どうして戦うことが出来るのか。今この場で戦闘員達を倒してみせて、どうしてそんなに強いのかと不思議でならないのだ。
「この雷道霧破。元は南条光希の父親である南条辰巳の役だったんだがな。父親から大事な役を引き継いだ南条光希は、自分の演じた役を見てもらって嬉しいんだぜ? あのボウヤみたいな応援してくれる子供がよ。あんないいファンが攫われて、放っておくバカがどこにいる。お前さんの弟は俺に任せな」
南条光希は怪人の恐怖を知っているはずだ。
なのに、怖がってすらいない。
次郎にそれだけの言葉を伝えると、もうエンジンをかけて発車して、百合子達はクラゲ怪人を追いに走る霧破の背中をただ見送っていた。
††
そして、シルバーXの操る白銀のマシン――エックストライカーが、雷道霧破のバイクに後方から追いついて、速度を合わせて並走していた。
シルバーXとしての姿で跨り、ハンドルを握っている。
「光希。何をしている」
ヘルメットのバイザーを介した二人の視線が絡み合う。
「よ! 俺は雷道霧破だ。お嬢さんも、俺の活躍は知ってくれているよな?」
「ふざけている場合じゃない。クラゲリアンから何か聞かなかったか」
「灯台とやらで、罠でも張って待ち構えてるパターンだろ? ああやって誘き寄せる展開、俺も割と経験済みだから。主に昭和本編で」
「ふざけている場合じゃない。私一人で行く」
「ドレスアップシステムは二台あったよな?」
「一度でも変身すれば、第二の仮面プリンセスであることが完全に確定する。テェフェルが滅ぶその日まで、手を引くチャンスが一切なくなる。変身しても南条光希にメリットはない」
「気にせず光希をとことん巻き込んじまおうとは思わなかったのか? お嬢さん的には戦力が増えるだろ」
「うるさい! ふざけている場合じゃないんだ」
シルバーXは速度を変え、雷道霧破など置いて灯台の方角へ向かっていく。
そうだ。
電刃忍者霧雨にいて欲しいのは隼乃の方で、仲間さえいればもっと作戦の幅を広げて戦えると、そんなことは何度でも思っている。この世界に到着して、この世界にしかないテレビジャンルの概念に触れる前から、他にも戦士がいればと思っていた。
しかし、現実には隼乃しかいない。
光希のような気にかけてくれる相手自体、隼乃の予定には存在しなかった人物だ。
本来なら孤独に戦い抜く流れであっただろうに、それを甘えてどうするのか。
だから、仮面プリンセスシルバーXは単独で灯台基地に潜入した。
††
テェフェル灯台基地内部には各所に監視カメラがセットされ、リアルタイムの映像は総本拠地であるテェフェル要塞から確認可能だ。
モニターに目を光らせているマンモス将軍は、それぞれ泣き出すか、恐怖に怯えてパニックで震えているか、気が触れて精神がどうにかしている様子を観察していた。この誰もに共通しているのは、ほんの数十分前まではなかった鉄の首輪だ。
――爆弾なのだ。
遠隔操作のスイッチを押せば、一人ずつ自由に殺すか、あるいは全員をまとめて消し飛ばす操作スイッチも用意してある。
子供達を攫った理由は、将来の秘密工作員として征服完了のテェフェル社会に放つこと。
ただし、仮面プリンセスを殺すチャンスとあらば、せっかく集めた子供全員の命を引き換えにすることなど、テェフェルにとって何らの損失にもなりはしない。元より、誘拐に目を付けた隼乃を誘い込み、爆死させる準備も含め、臨機応変に対応できるように初めから整えてあったのだ。
もう間もなくシルバーXが来る。
灯台入り口の映像に切り替えると、白銀の衣装を纏った長身少女が、今に周囲の様子を伺いながら、セキュリティのドアなど力任せに蹴破っていた。見張りと巡回の戦闘員が、ただちに駆けつけ仕掛けるものの、シルバーXの蹴りや拳が一撃で沈めていく。狭い通路で挟み撃ちにしての作戦さえ、戦闘員の物量によっても決め手にならない。
だが、それくらいは織り込み済みだ。
無人にして解放しては、どうせ放棄する予定の基地だと露骨に伝わってしまう。不信感を抱かせないためのコストをかけ、少しずつ子供達のいる地点に近づくシルバーXを見守った。
足裏で床を叩いて確かめると、階段を探すよりもぶち抜いた方が早いと気づいたシルバーXは、紙切れに穴でも空けるかのような気軽さで、踏むように下へ蹴破り、瓦礫の落下と共にすぐ真下の廊下に着地する。
牢屋への通路を駆け抜けて、シルバーXはとうとう子供達を発見した。
『もう大丈夫だ。ここから脱出するぞ!』
そうやって声をかけ、鉄格子を両手で握ると、鍵がなければ開かないはずの鉄戸とて、シルバーXの腕力なら難なく取り外せた。
しかし、子供達は知っている。
自分達にどんな役目が課せられて、どのように使い捨てにされるのか。クラゲリアンから気化され知っているから、シルバーXという助けが来てしまったことに戦慄していた。恐怖の絶叫を上げる少女までいた。
「シルバーXよ。このボタン一つを押すだけで、もはや無意識に情けをかける可能性などありはしない」
マンモス将軍は操作ボタンの赤いスイッチを指で押す。
子供達全員を吹き飛ばし、対改造人間を想定した火力が基地を丸ごと崩壊させる。超破壊力を秘めた爆弾全てが、一瞬にしてシルバーXの命を奪うのだ。
『ふふ……! ははは……!』
奪うはずだった。
だというのに、何度スイッチを押しなおしても、なおも首輪爆弾は沈黙している。
誤作動? いや、そんなはずはない。
「シルバーX! 貴様わかっていたな!」
マンモス将軍は直ちに通信を繋げ、自分の声をそこへ届けた。
『マンモス将軍。特定の電波を遮断して妨害することなど、私にとっては何ら造作もないということが、作戦の想定から外れていたようだな』
防犯目的の監視カメラは、その存在をアピールすることで犯罪を抑止する。見える場所に見えるように設置するのも一つの手だが、基地内部を密かに監視する目的のカメラは、目視では発見できないようにしてあるはずだ。
例えば、壁や天井に埋めてあるのだが、ミクロの穴から覗き見るので、見た目ではそこにカメラがあるとはわからない。
「おのれ! どうやって遮断した!」
『貴様には教えん!』
にも関わらず、シルバーXはまるで正面から対峙するかのようにカメラ目線で、映像画面の中からマンモス将軍を見て、あまつさえ指差しさえしているのだ。
「チッ! クラゲリアン!」
無線機を乱暴に掴み、マンモス将軍はクラゲリアンに連絡を行う。
直ちに行動できるよう、クラゲリアンは灯台基地付近にて待機中なのだ。
『マンモス将軍。出撃のご命令か』
「人間爆弾を使った作戦は失敗した。お前が仮面プリンセスを殺せ! 足手まといとなる子供を何人も連れている! 今ならチャンスのはずだ!」
『了解! 今度こそシルバーXを殺ォォォす!』
人を簡単に見捨てるような、非情かつ冷血な判断の持ち主ら、黒井川姉弟の救出も、人間爆弾阻止の電波妨害も行うことはなかっただろう。
足枷を何人も連れ、一度は敗れかけたクラゲリアンを相手にどこまで出来るか。
一戦目の流れから考えるに、ハンデを着せられた状態でシルバーXが勝てる理由はない。
現場へ急行しているクラゲリアンが、基地内部のカメラに映り込む頃には、おまけに何人もの戦闘員を連れていて、これで一人の犠牲者も出さずに脱出するのは不可能となった。
さて、どうする。
仮面プリンセスシルバーX。
***
シルバーXは呼びかけている。
「爆弾なら爆発しない! 君達の首輪は私なら解除できる! さあ、早くここを出るんだ!」
それに応じて一人ずつ、また数人ずつ、子供達は鉄格子の奥から通路へと、ぽつぽつと出ては来るのだが、未だ泣いて蹲っている子供がいた。
「なあ五郎、助かるんだぞ? 早く行こうぜ!」
「そうよ。早く行きましょうよ!」
小学五年生の少年少女が、五歳児の五郎に言って聞かせようとしているが、泣き声を大きくするばかりで言うことを聞こうとしない。
五郎だけではない。
そうやって泣いて喚いて、恐怖して、あるいは半信半疑でいる子供が、他にも数人以上はいるせいで、完全に動きが遅れていた。
もたもたしていたら、すぐにクラゲリアンが来るだろう。
こんなところで止まっている場合ではない。
もしも自分が非情かつ冷血な判断の持ち主なら、逃げる気のない子供は見限って、ついて来てくれる子だけを連れて脱出するが、とてもそうはできそうにない。そうしようとする考えが頭を掠めこそすれ、シルバーXの手足はそうしようとは動かない。
嫌なのだ。
シルバーX自身に自覚はないが、クラスメイト全員が処刑になった怪魔次元での悲劇から、子供が死ぬということに対して半ばトラウマ的でさえあった。
「どうした。早くするんだ!」
再び大声で呼びかける。
だが、動かないものは動かない。
「霧雨早く来てェェ!」
それは五郎の心からの叫びであった。
……そうだ。
シルバーXを知っている子供がここにはいない。一ノ瀬隼乃という少女の決意も、ドレスアップシステムによる変身も、世界の誰も知りはしない。たった一度でも関わりを持った世界の一部の人間だけが特別なのだ。
急に助けが来たことで、これで助かるんだと嬉しそうに、ホッとしたようにしていたのは、決して全員ではなかった。
あとの残りは半信半疑で、本当に自分達は助かるのか。敵はもっと色んなものを用意して、いくら鉄格子を取り外す腕力の持ち主が味方だろうと、それでも本当に守りきってもらえるのか、最後まで無事でいられるのか怖いのだ。本当は死ぬんじゃないかと、心のどこかで思う気持ちが強い子供が、出られるはずの檻の中から出ないでいる。
改造人間としての聴力が、変身によってさらに拡張されている耳の機能が、まもなく現れるであろうクラゲリアンと戦闘員の気配を聞き取る。
もう本当に時間はない。
しかし、怖がった子供を落ち着かせる方法も、言葉でさえも、シルバーXは持ち合わせない。だいたい一ノ瀬隼乃という少女は、自分から声をかけて友達を作ったことがない。本当はもっと内向的で口数も少ない娘だ。
誰かのようにマイク片手に期待を煽り、子供達に楽しい思いをさせる仕事など、やれと言われてもできはしないだろう。
「頼む! 私を信じてくれ! 君達を必ず助ける!」
必死になって呼びかけて――伝わった。
何人かは恐る恐る出てきてくれた。
だが、やはり全員ではない。
どうしても怖がる子供が、五郎も含めてまだ五人も残っていて、友達を置いて行けないせいで一緒に残っているのも数えれば、十一人も檻から出ない有様だ。
爆弾の遠隔スイッチを妨害している方法も、モタモタしていたらバレて対策されかねない。
それにまとめて脱出させなければ、もし一人でも犠牲者が出て悲鳴が上がれば、きっとパニックを起こすであろう子供達の一体何人が生きて家まで帰れるか。
あらゆる恐怖の可能性が、シルバーXの脳裏で色を濃くする。
まずい、まずいぞ。
このままでは……。
その時だった。
「嵐! 稲妻! 大ッ! 変ッ! 化ッ!」
高らかで凛々しい声は、そうと知らなければただ中性的で高めなだけの男の声と、誰もが思い込むに違いない。俳優が実は女性であることを知っていて、やっとのことで聞き分けられる勇ましげな声質は、どこか濁音がかかっていて、美声を砂利で汚したようでもあった。
――誰もが知っていた。
近年映画をやったばかりで、ヒーローショーにも出てきたばかりの『彼』ならば、シルバーXよりもずっと知名度に優れている。
「霧雨! 見参!」
電刃忍者霧雨の登場が五郎や他の子供達の表情を変えていた。
「みつ――いや、霧雨! どういうつもりだ!」
シルバーXが着ているものと違い、霧雨のその姿は強化服でも何でもない。むしろマスクの存在が視界を狭め、本当なら激しい運動をすること自体が危険極まる。強化どころか弱体化をしかねないスーツが何の戦力になるというのか。
「お嬢ちゃん。ボウヤ達は俺に任せるんだな」
颯爽と牢屋へ踏み込み、五郎を初めとした怯えた子供に手早く声をかけていき、彼の頼りがいある声が、まるで魔法のように一人一人の恐怖を和らげていた。
――そうか。そうだったのか。
あんな番組を子供向けとして作ることで、これでは子供が戦いに憧れるではないかと、兵士でも増やしたいのかと、考えてもみればどこか偏った解釈をしてしまった。
そうではなかった。
もしあの時、十三歳の一ノ瀬隼乃が一番恐怖を抱いていて、絶望まで抱いたあの瞬間に助けが来たら、必ず何とかしてくれるという頼りがいを感じさせ、きっと大丈夫だと安心できる人が来ていたら、あの時の隼乃もあんな顔をしていたはずだ。
良かった。これで助かるんだと。
そうか、ああいう存在が……。
「シルバーX! 貴様を殺ォォォす!」
とうとう戦闘員を引き連れて、クラゲリアンが通路の片側を封鎖した。
「イー!」「ギィ!」「ケイィィッ!」
さらにもう片方の道も塞がれて、挟み撃ちとなって追い詰められる。
「クラゲリアンは私が倒す!」
「子供達は俺が守る!」
二人は背中を合わせた。
多くの子供達をあいだに挟み、この先は一歩たりとも通さないつもりで二人は、それぞれの敵に向かって一歩ずつ、左右に分かれていくかのように前へ出る。