第7話「狙われたパパ」part-D



 このまま負けてなるものか。近づいて来い。
 ……まだだ。
 もっと、もっと近くに……。
「そこのケンゲキスネークさん? 一緒にトドメを刺すわよ?」
 二人分の足音を聞き取って、シルバーXは静かにタイミングを見計らう。物音の気配をより正確に読むために、目を瞑って耳に神経を集中して、ゴツゴツとした岩肌の感触や傷の痛みは全て意識の中から追い払う。
「リンチみたいに百回くらい踏みつけて、だんだん死んでいってもらうの! とってもいいアイディアだと思わない?」
 シルバーXにはまだ放電能力が残っている。
 ギリギリまで接近させ、一瞬にして黒焦げにしてしまえば、勝ったと油断しているサターナ相手に逆転できるかもしれない。二人だって無傷じゃない。可能性は十分ある。もっともっと近づいて来て欲しい――超電気の力を受けてみろ。
 しかし、その時だった。
「待った。何か企んでるわね?」
 ――そんな馬鹿な。
 シルバーXは完全に死体になりきり、指一本さえ動かしてはいないのだ。なのに勘づくなんてどうかしている。
「シルバーXに電気技があるのは判明済み。ここは近づくのはやめにしましょう?」
 サターナはケンゲキスネークに言い聞かせる。
 ――ちっ。
 ここで二人を仕留めれば、特にエース怪人であろうサターナを倒しておけば、残る強敵はキングマンモスのみとなる。ここはリスクを踏んでも仕留める方向でいってみようと、一歩間違えれば死ぬ緊張感の中でチャンスを狙っていた。
 だが、悟られたのではどうしようもない。
 こうなれば……。
 
「――エレクトロフラッシュ!」
 
 突然のように立ち上がり、視界の隅々まで塗り潰す閃光が放たれると、さすがのサターナが驚愕していた。視神経をまぶしさによって刺し貫き、怪人の視力だろうと機能を麻痺させ、光がやんでも二人の目はしばらく見えない。
 このエレクトロフラッシュという技は、さらには大量の超電気が半径数メートル以内の神経を痺れさせ、脳機能にも影響を及ぼす結果、触覚や聴覚など、五感が丸ごと狂って低下してしまうものなのだ。
 実に一分近く、サターナとケンゲキスネークは五感を失うことになる。
 ただし、ただ一度で変身エネルギーを枯渇させ、シルバーXの姿を維持できなくなってしまう。シルバーX自身も戦闘が続行不可能になるリスク付きで、そもそも万全な動きが取れない状態にまでなっていた以上、これは逃亡用の技にしかなりはしない。
「……え? えぇ!?」
 五感が戻って来る頃には、サターナとケンゲキスネークの前には誰一人いなかった。
 
     ††
 
「光希。ありゃ何なんだ。前に電話で話したことは、冗談じゃなかったのか」
 
 当然のような問いを前にして、南条光希はまず頷く。
「その話を直接会ってしようと思ってね」
 そもそも、スーツアクションやスタントなど、肉体が商売道具である以上、仕事とは関係のない現場で身体が怪我の危険に晒されるのは本位でない。かといって、テェフェルには世界征服実現の力がある。それと戦えるのは仮面プリンセスだけであり、ならば一ノ瀬隼乃のことは誰かが支えなくてはならないのだ。
 父親を相手に、どんな風に話そうかと、光希なりに今日まで考えをまとめてきた。
 あとは、こうして話すだけ。
 あの海岸から逃げ切るに、隼乃のエックストライカーまで借りて、後ろに辰巳を乗せて超速で現場を離れ、すぐさま家まで着いた光希は、テーブルで顔を突き合わせての深刻な話し合いへと移っていた。
 まずは最初の日、初めてテェフェルに襲われた話をした。
 ドレスアップシステムに必要な適合係数が基準に達しており、さらには山野剣友会の指導で肉体的にも完成度が高い。逸材の中の逸材である光希は、当然のようにテェフェルの標的とされてしまい、栄えある悪のエージェントに危うくされかけた。
 その後は別世界から来たという隼乃のため、危機から救われた恩もあり、この家に隼乃を置こうと心に決めた。
 ドレスアップシステムは二つある。
 製作順では第一号となるローズブレスと、二号となるエックスブレス。
 隼乃は怪魔次元からこの世界に到着してから、すぐにテェフェル脱走を行うが、その時の戦いでローズブレスを奪われている。そのローズブレスこそ、テェフェルが光希を拉致改造しようとした理由であり、仮面プリンセスの対抗策として別の仮面プリンセスの用意を目論んだ。
 だが、隼乃は後々ローズブレスの奪還に成功して、本当のところは光希はいつでも変身が可能な状態となっている。
 問題といえば、隼乃は改造人間なのであり、改造した肉体に強化服を重ねていること。
 改造人間の強さには目安となる基準があり、ただの超人的な身体能力では、通常の人間から一段階しかパワーアップしていない。改造手術の際に異なる生物の能力を与えることで、二段階のパワーアップとなり、本人が特訓の末に身につけた武術があれば、それで三段階のパワーアップということになる。
 いくら個体差や個人差があるとはいえ、普通の人間である光希の変身では、目安上は二段階の強さにしかなりはしない。対する怪人は三段階分のパワーを持っており、それ未満のものは仮面プリンセスと接触の可能性のある場所には出てこない。
 そういったことを語り尽くして、幸か不幸かテェフェルに狙われた辰巳であるから、基本的に話を信じてくれないということはなかった。別世界の話だけには首を傾げていたものの――いや、あの顔はもっと、別の何かに引っかかって見えた気もしたが。
 ともかく怪人と戦闘員を目撃して、あまつさえ一戦交えた後とあっては、さすがに信じる信じないの段階で手間をかけることはなかった。
 そして、語るだけ語り尽くすと、辰巳は完全に険しい顔をしていた。
「合理的にはこうだとか。隼乃ちゃんの境遇だとか。色々と意見はわかるんだけどな。それでも俺の気持ちをはっきり言うと、俺は自分の娘の以外には興味ねーな。世界のどこで自然災害が起きようと、戦争があろうと知るもんか。俺はお前の命が一番大事だ」
 ……言うと思った。
 いや、むしろそう言ってくれる気さえしていた。そう思える父だから、光希は自分の育ての親を尊敬している。世界的アクションスターの娘であることを誇りに思っている。父が演じた電刃忍者霧雨の役を引き継げたのも、本当に誇らしい。
 だからだ。だからこその思いがある。
「その私を救ったのが隼乃だよ」
 そんな辰巳にこそ、きちんと隼乃を認めて欲しい。隼乃には隼乃の境遇があり、辛い中で立ち上がり、こんな知りもしない世界を守ってくれるつもりでいた。光希と出会うことがなければ、世界の誰も一ノ瀬隼乃の存在など知りもしない、世界丸ごとが赤の他人と言えるだろうに、それを守る気でいたのだ。
 そんな人物に石を投げたり、無責任な言葉で傷つける人がいて欲しいとは思わない。
「シルバーXか? 俺は光希があの子と友達になるのは反対だ」
「なんで!」
 怒鳴って、テーブルまで叩いていた。反対と聞くに反射的にそうしていた。
「本当に戦うのは俺達の役目じゃない! そうだろ!」
「そんなことわかってる! だけどこっちにその気がなくても、一方的に暴力を奮って来る奴はいる! 暴力で解決せざるを得ないことがある!」
 今まで話し合いで解決する余地があったか?
 隼乃の元いた世界の話を聞いて、とてもそうは思えない。普通に暮らしていただけの姉と弟を恐怖に晒し、ヒーローショーを見てくれたはずの子供が泣いていて、お姉ちゃんがおかしくなったと心配していた妹の顔だって光希は未だに忘れない。
 普通の良識があればそうだ。こちらが銃や剣を持たず、両手を挙げて戦闘意志がないことをアピールすれば、常識や話し合いの通じる相手は襲って来ない。だが仮面プリンセスが変身を捨てて両手を挙げればどうなるか。答えは考えるまでもない。
 ……わかっている。
 辰巳が言いたいのはそんなことではなく、自分の娘が本物の暴力に関わることが嫌なのだ。たとえ光希が変身するわけでなくとも、隼乃がこの家にいる限り、関わり合う可能性は日常的なものになってしまう。
 心配だから怒るというのが理解できない年齢じゃない。
 しかし、光希だって隼乃のことが心配なのだ。
「隼乃は誰を倒そうとした? あのヘビ怪人だ!」
「それがどうした!」
 二人は完全に怒鳴り合っていた。
「高神留美子を覚えているか!」
「忘れるわけないけどねぇ! あの人は今関係ないだろう!」
「あの子が改造されてんだよ!」
 その辰巳の一言に目を丸めた。
 あの人が? 競演して、共に映画を完成させた仲間の一人が?
 留美子という人は、年上なのに当時中学生の光希によく懐き、目上の売れっ子アイドルを相手に妙な感覚になりながらも、求めに応じて頭を撫でたりしていたものだ。
 ほぼ、友達だった。
 本来の上下関係で考えれば、本当は先輩と後輩あたりが正しいのに、懐くなり仲良くしたがる留美子では、もう友達という間柄に収まるしかないのだった。
「一ノ瀬隼乃は光希の友達と戦った。倒して帰って来るかもしれない」
 さしもの光希も力が抜けた。
 ぐったりと体が落ちて、椅子に尻をぶつけるように座り込み、今頃になって、自分が今まで勢いで立ち上がってまで怒鳴っていたことに気がついた。
「いつ見たの? ケンゲキスネークの人間の姿を」
「襲われる前だ。最初は高神留美子として近づいてきた。で、すぐに正体を見せた」
「…………」
 返す言葉が出なかった。
 他の考えならいくらでもまとめていたが、隼乃が自分の友達を殺すという可能性など、今の今まで思いつきもしていなかった。
「改造人間だか知らないけどな。友達だった人が倒されて、んで倒した隼乃ちゃんとだ。普通に仲良くしていられるか?」
 さすがに、何も言えない。
 しかし、それでは隼乃は……。
「事情を理解できる人間を俺が探す。隼乃ちゃんの助けになり、隼乃ちゃんの役にもたって支えにもなる。世の中には色んな人がいるからな。見つからないってことはないだろう。それは俺がやる。お前は何もするな」
 いるのだろうか。光希以上に隼乃を気にかける人間など――いや、言い方が少し違う。光希はもう隼乃のことが好きなのだ。大好きな友達と離れたくない。まして親に言われて引き離されるなど、幼稚だろうと嫌なものは嫌だった。
 いつからそこまで好きになった? 初めから?
 ……わからない。わからないが、とにかく放っておけないのだ。
 この胸に溢れる気持ちを差し置いて、他に誰が隼乃の……。
 
 ――滝見零。
 
 隼乃の口から聞いたことのある、隼乃の親友だったという子の名前が浮かぶも、滝見零という子は生死不明。怪人社会のやり方を考えると、死んでいると考えた方が、あるいは生きていても、それは元の滝見零ではなく、立派な怪人だったりするかもしれない。
「悪いな。光希。お前がそこまで思うからには、きっといい子なんだろう」
 ポン、と。
 辰巳の手が、光希の肩を優しく叩く。
「俺は今晩ホテルに泊まる。気持ちの整理をつけるには、その方がいいだろう」
 あとは何も言わず、振り向きもしない光希を置いて、辰巳は家を出て行った。
 
     ††
 
 エレクトロフラッシュでエネルギーを枯渇させ、逃げるのがやっとであった一ノ瀬隼乃は、技のデメリットにより向こう三時間は変身できない。
 逃亡後、隼乃はすぐに服の内側に包帯を巻いていた。血まみれのシャツで歩くのは、さすがに目立ちすぎるからである。それでも腹部を貫通され、臓器まで損傷しての出血は、こんな大怪我で歩き回ったせいもあり、すっかり包帯が包帯の色をしていない。シャツにも血の色が移っていた。
 本当にやっとの思いで、隼乃はそれから光希の家に到着しかけて、その時だった。
 
「あの子が改造されてんだよ!」
 
 改造人間の聴力は何百メートル先の囁き声も聞き取れる。私生活に支障が出ないため、強弱をコントロールする訓練を積んでいるので、騒音のど真ん中に立っても聞こえすぎて頭が割れるといったことにはならないが、一刻も早く家で休みたい気持ちでいた隼乃は、家が見えるなり自然と心を寄せてしまっていた。
 無意識のうちに光希の声を聞こうとして、おかげで聞く必要のなかった言葉が、この遠くまで隼乃の耳に届いたのだ。
 
「一ノ瀬隼乃は光希の友達と戦った。倒して帰って来るかもしれない」
 
 ケンゲキスネークが光希の友達?
 怪人に元の人生があったであろうことはわかっていた。さらに言うなら、怪人社会を覆したい気持ちから、理解の上で殺していた。
 そもそも、怪人社会の場合は支配側にまわる素質の持ち主が選ばれる。大多数を犠牲に少数だけが幸せになる仕組みのユートピアを良しとして、人間を虫以下に見ることのできる、そうした人物こそ優良だ。
 だが、この世界に住む人間を捕らえ、この世界の人間を改造する。戦力の現地調達ということくらい、いつでもありえるはずだった。
 優秀な肉体をベースにすれば、対仮面プリンセス用の戦力を生み出せる。シルバーXを倒すためにも、そこは融通を効かせ、洗脳チップをいいことに悪人以外も改造対象にするわけだ。
 現に光希も現地調達の元候補で、ただドレスアップシステムへの適合体質しかないために改造目的では狙われずに済んでいる。同じ手術で同一の怪人は増やせるが、ゴライアスならゴライアスへの、コウモキュラスならコウモキュラスの、個別の適合体質がなくてはならない。
 つまりは光希の友達や親族を改造して、そいつをぶつけてやろうという、残酷な作戦をやりたいからといってできるとは限らない。
 だが、怪人への適合体質があり、なおかつ元々の肉体が優れていたら、それは狙われる。
 サターナの本名もタイのラニャ・ユアンで、今まで倒した中にもこの世界の人間だった者がいたかもしれない。人殺しというのもあながち間違っているわけではない。それくらいは覚悟していた。
 それでも、よりにもよって、光希と共演したことのあるアイドルなど、いくらなんでも冗談が過ぎるというものだ。
 
 ――光希の友人を殺す? 私が?
 ――だけど、高神留美子はもう高神留美子じゃない。もはや完全な別人だ。
 
 これから百人殺すかもしれない凶悪犯を放っておけるか。たとえそれが誰かの友達でも、そいつが殺す百人の中に、他でもない光希が含まれない保障があるだろうか。
 ……駄目だ。放置できない。
 心のどこかで、もうケンゲキスネークは殺すのだと決めてしまっていて、そんな自分の気持ちを自覚するなり、辰巳が家を出るのを密かに見送り、すぐに隼乃はエックストライカーを手押しして家を離れた。
 もう家の中にいる光希には、エンジン音が聞こえないであろう距離まで離れてから、やっと隼乃はバイクシートに跨り発車する。
 怪人は倒さなければならない。
 しかし、光希の友達を倒した後も、変わらぬ顔で光希の傍に居続けるなど、そんなことをしてもいいのだろうか。
 
 どうすれば、私はどうすればいい?
 わからない! わかるわけがない!
 
 隼乃はエックストライカーの速度を上げた。
 この悩ましさを振り切りたくて、けれどどんなに優れた性能でも、今の気持ちを遠くへ振り切ることなどできはしない。
 それでも、今はこの肌を突き刺す風で身を刻んでいたかった。
 
     ††
 
 そして、南条光希は思い出す。
「ねえ、光希ちゃん。私とあなた、お友達になりたいな」
 それは撮影当時。
 売れているアイドルと、世間的には無名の光希で、キャリア以外にも年齢差があり、急な友達の申し出には困惑させられた。
「いえいえ、友達だなんて」
「だって殺陣はチームワークでしょ? ね? いいでしょ?」
 目上の人間が甘えたように擦り寄って、やたらと友達になりたがってくるのには、その妙な感覚と留美子の押しの強さにやられ、最終的には「では遠慮なく」と、名前で呼び合う流れにまで落ち着いた。
 礼儀や挨拶を忘れれば怖いような業界で、先輩相手にタメ口まで使わされ、本当に何とやらといったところであったが、話し込んでいるうちに打ち解けた。
 自分がどうしてアイドルになったかの話も聞いた。
 小さい頃にアクション女優に憧れて、小学一年の時から空手と柔道を六年続け、中学では剣道にも打ち込んだ。器量を磨き、実はカラオケにも通っていた成果もあってか、出かけた先でスカウトされ、アイドルの事務所でCDを出すようになったとか。
 さらには身体能力を見込まれて、特撮映画への出演まで決まったと。
「でもねぇ、辛いことばっかりだった。大会で上を目指すってなってから、空手も柔道も、剣道だって練習が厳しくなって、毎日毎日疲れまくりで、どうして自分が今でも頑張っているのか正直わからないくらい」
 どこか遠い眼差しで、留美子はそんなことを言っていた。
「ねえ、光希ちゃんはどうして頑張ってるの?」
 そして、留美子はそう尋ねてきたのだ。
 確かにそう、山野剣友会での稽古は辛く厳しい。戦国時代の武士にまで遡るほど歴史があり、当時の技術が未だに引き継がれている稽古場では、人を殺さんばかりのメニューが新参者を苦しめて、ほとんどが入った順から脱落しては去っていく。
 根性論には合理的な部分があると、つくづく思ったものだった。
 死ぬほどの練習、死ぬほどの努力をしなければ、決して辿り着けない境地がある。もちろん体を壊しては無意味だが、ギリギリの努力によって得られるものは大きい。大きいが、誰もが自分をそこまで追い詰められるわけではない。
 辛さ、厳しさ。そういったものに耐え抜くのは、結局のところ根性が必要だ。根性があるから人にはできない努力が出来る。もうやめたいとか、辛くて泣きたいとはならず、負けてなるものかと意地を見せてやれるのだ。
 普通の人には出来ない努力が出来れば、普通の人が辿り着けない境地に行き着く。
 ただの当たり前の話だ。
 光希が思う根性とは、例えば水を飲まなければ暑くて倒れるのは精神が弱いだの、怪我をするのも根性が足りないだの、そういった理不尽なもののことではない。普通の人には出来ないことが出来るため、そして辛さを耐え抜くことでしか得られないものを得るためには、心構えの基礎として必要なものなのだ。
 スケジュール帳にテスト勉強の計画を書き込んで、きちんと計画通りにこなすことさえ、ついついサボってしまう人がいる。自分で建てた計画を守ることさえ、それはそれで根性のうちではないかと思っている。
 言ってみれば、辛かったり、ついサボりたくなる道を最後まで通り抜けてやるための、精神的な通行証とでも言うべきか。
「私にも、どうしてこんなに必死に頑張ってるんだろうって、そう思ったことはある」
 光希は言った。
「だけど、アクションでいい絵が撮れたとき、キャラクターショーでお客さんに喜んでもらえたとき、本当にやってて良かったって思える瞬間があるんだよ。あの達成感を味わうためなら、またあの辛い稽古を続けられるって、私は何度もそんな気持ちになってきた」
 戦隊映画で子役をやり、その後は身長が伸びたからと着ぐるみの経験をさせてもらい、舞台の殺陣に参加したり、演劇部のコンクールで時代劇に出演したり、色んなことをやってきた。
 それから、この電刃忍者霧雨だ。
 父親の演じた役を引き継ぐからには、父の名に恥じることなく、そして当時のファンも今の子供も喜ぶような、より良い雷道霧破を演じてみせたいと、どんなスタントシーンもこなしてみせたいと強く願った。
 願いを込めて火薬を増やし、飛び降りシーンは自分で飛べると申し出て、殺陣にも励んだ何ヶ月もの時間の末に、やっとのことで一本の映画が出来上がり、公開後に子供が霧雨を好きになってくれたとき、本当に本当にやってよかったと思えたのだ。
 一九七二年のヒーローを今の子供に見てもらえた。好きになってもらえた。
 それを自分がやったのだ。
 そう思うと、本当に誇らしい気持ちになった。
「光希ちゃん!」
 そういった光希の話を聞くに、感激に瞳を震わせた表情の留美子が、真正面から手を握り、真正面から言ってきたのだ。
「凄いね! 光希ちゃんって素晴らしい! 私よりずっと大人だよ!」
 成人済みの年上からそんなことを言われた中学生は、やっぱりさすがに苦笑いして、本心からそれは言いすぎだと返すしかないのだった。
「えぇ……」
「そんなことないって!」
「いやいや」
「ないの!」
「いやいやいや……」
 そうやって接するうち、アイドルとしてのキャラクターは素に近く、だから作った部分は少ないのだと、少しずつ理解できたものだった。
 また、機会があったら共演したい。
 彼女に関して、光希はそう思っていた。
 だがもう、高神留美子はいつからか改造手術を受けていて、今となってはただのケンゲキスネークに過ぎないのだ。
 隼乃が留美子を倒したあと、自分は隼乃と変わらず接していられるだろうか。
 ……わからない。
 そんなこと、わかるわけがない。
 いくら本当の留美子はもう存在しないとわかっていても、どうしても引っかかる。できれば元に戻せないのかと、そんな都合のいいことまで思ってしまう。
「…………」
 少し、ぼんやりしていた。
 辰巳が家を出て行ったあと、一人残った光希は背もたれに背中を預け、椅子に座ったまま名にをするでもなく、ただただ天井を見つめていた。空っぽの頭にはやがて思い出が蘇り、もう留美子には会えないのだと思うと……。
 ふと、ローズブレスの存在を思い出す。
 光希がテェフェルに狙われた最初期の理由からして、都合良くいくならもう光希が狙われることはないのだが、隼乃を家に置いている以上は、時折護身用に持たされている。隼乃が光希にこれを預ける時には決まって言うのだ。
 ――できれば、使わないで欲しい。
 一度でも変身すれば、別世界の征服を行う別世界の組織にも、光希の存在について情報共有がされかねない。そうなれば、たとえテェフェルを倒しても、光希を始末するためだけの新しい刺客がその後も現れ続けるかもしれない――というのが隼乃の判断。
 変身を行う人間は、悪の組織にとって脅威そのもの。
 まだギリギリの部分で、テェフェルさえ潰れれば何事もなかった日常に戻れるであろうラインから、変身というたった一歩で二度と取り返しのつかない領域に踏み込んでしまう。そうなれば今度は、全ての悪の組織を倒し、怪魔次元の大皇帝さえ破らなければ、何事もない平穏は戻ってこないのだ。
 
 ――じゃあ、隼乃は?
 
 隼乃が平凡な日常を送れるのは、一体いつの話になる?
 十年後? 二十年後?
 それとも、もっと……。